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自分の作品を愛することって、

[ books and writings ] 2007年07月24日 23:10

今週のコミトンでインディーズミュージックのことを書いたのだけれど、最近お気に入りのアーティストの藤田麻衣子さんのCDを、聞きつつ、彼女がブログで書いている「作品解説」を読んでみると。彼女が自分の作品をどれほど愛しているかがわかるんだよね。アーティストは、やっぱり自分の作品に対する思い入れがすごい。

で、僕自身はどうかというと、そういうところが基本的にないのです。本はけっこう書いたけれど、いったん書いた本を読み返すことはほとんどなくて、読みたいとおも思わなくて、自分の本は書棚に並んでいるけれど、見てにんまりするとかいうこともないし。書いているときは楽しいし、原稿が上がるとうれしいけれど、本が仕上がるともう興味がないという感じ。ナルシストなところもほとんどなくて、鏡を見ることもほとんどない。あ、もちろん見るけどね。身だしなみという意味で見ているだけで、自分がかっこいいとか、いい感じとか、あまりそういう自覚もなくて、そこ行くと、娘のウポルなんか、しょっちゅう鏡を見てるし、自称ナルシー。女の子だからなのか、個人差なのか。

で、今、音楽を作ろうかなと思っているのだけれど、自分の作品が愛せるのもなのか、よくわからなくて、それがネックになりそうな気がします。本は、一度書いてしまえば、書店で売れ続ける物もあります。あとになって評価してくれる人もいる。でも、音楽の場合は、やっぱり歌わないと始まらない。CDつくって配布しても、ナマで歌わないミュージシャンはやっぱり、ミュージシャンじゃないよね。音楽は、やっぱりリアルタイムが命の芸術だから。

別のインディーズアーティスト「1-E」のCD、というかiTunesで買った曲をCDに入れて、クルマで聞いています。なかなかいい曲なんだけど、藤田麻衣子さんほど、波に乗れてない。石が転がるように、まわりを巻き込んで広がっていく感じじゃない。見ていてちょっともどかしいのだけれど、じゃあどこが違うのだろう、売れそうで売れないとき、アーティストは何をすればいいのかな、なんて考えています。答えが出てくるわけではないのだけれど。

ビジネスでも、社会活動でもない、音楽というとってもパーソナルなパッションをどうやって社会化する(社会に受けいられるようにする)のか、とらえどころのなさが新鮮です。

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